2013年5月23日木曜日

2013年5月20日月曜日

記録15

Discography :
quizmaster002, July 2004 (EP)
the united forces, April 2004 (Single)
the united forces CD2, October 2004 (Single)
the united forces 2005 Tokyo - Taipei,February 2005 (台湾限定EP) 
新しい国/鼠, May 2005 (Single)
quizmasterの偉大な建築, March 2006 (Album)
家出少年 runaway boy, August 2007 (Album) 
アイコンガールピストルズ・その男、裏表アリ, July(Single)

記録14


quizmaster presents "1976 Japan Tour Final"に寄せて


2005年の2月、7月と2回、quizmasterは台湾ツアーを敢行した。
その全行程をホストとして迎え、サポートしてくれたのが、台湾最高ロックバンド
「1976」である。

本年をもって結成10周年を迎える彼等は、台湾のインディシーンにおいては既に
広く知られた存在で、台北のレコードショップに於いてはメジャーアーティストに遜色ない程の扱いがなされており、台湾における主要なロックフェスティバルの殆どに登場する等、学生を中心とした若者層からの圧倒的な支持を受けている。

80、90年代の英国音楽からの強い影響を受けた彼等のそのサウンドは、風船の如く色鮮やかに弾むようであり、しかし決して舞い上がって人を見下したりはしない。4人の細身の青年がステージでみせる存在感は、等身大の様でありながらも特別であり、キラキラと輝いて見えるくらい純粋な情熱に満ちあふれている。

今回の企画は、そんな1976が行う来日ツアーの最終公演にあたる。
出演は、昨年のquizmaster台湾ツアーに同行した長谷川俊、金光朗之を含めた計4組。
そして、この公演が行われる2月28日は、近現代史上台湾人にとっての重要な意味を持った1日でもある。おそらく彼等も、僕達がどうしてこの日を選んだのか、その意図を分かってくれているに違い無い。自国の政治に対しても積極的な興味を持つ彼等台湾人。そんな彼等の招待で僕らが立った昨年2月28日の台湾のステージ。
忘れる事の出来ない想い出をくれた彼等への、せめてものお礼だといえるのかも知れない。

ともあれ、音楽である。この日会場を満たすのはきっと、みずみずしい幸福である。
台湾を訪れた僕達が感じた、祝祭のようなムードの、その一端だけでも、この日本で再現することができれば、この企画には意味があったと言えるだろう。
さらに、会場には1976及びquizmasterのアルバムジャケットを手掛ける台湾人デザイナー、DIZZYの作品が1部ではあるが展示される予定である。彼の作品もまた、人生を愉快にさせくれる素敵なメッセージに満ちているので、その辺りも楽しみだ。

アジア諸外国の音楽シーンに興味のある方、リアルな台湾のアートシーンを感じたい方、そして今最も注目を集めている、台湾の若者の文化を味わいたい方、是非ともこのイベントに足を運んで頂きたい。1976が聞かせてくれる純粋なロックミュージックが、少しだけ億劫な僕らの足を、新しい国へと踏み出させるはずだ。

記録13

2006-09-12 02:37

タイムマシンは作れない

僕の机の片隅、古くなって段々ときしみをあげながらも、まだ忠実にこの文章を打ち込まれているマッキントッシュの横に、いつまでも放置されていた使い捨てカメラがあった。
もう何年もそこにあったのに、黒い机に対して全く主張することのない、濃いブルーのカメラは、撮影の役目を終えたきり、ずっと忘れ去られていたのだ。当然のごとく、その中にどんなシーンが切り取られているか、覚えているわけもなく、元来大切な写真で無いからこそ、そこに放置されているはずである。僕はそのカメラを、使わなくなったMDウォークマンや、無言を決め込んでいるスナフキンの人形と同じように、単に机を狭くしているだけのオブジェとして、見過ごしてきたのだった。
最近撮った写真を現像に出そうと思い立った今日の昼間過ぎ、どういうわけだか突然、僕はその小さな青いオブジェの存在を思い出した。そして、そこに何が写されているのか、知りたくなったのだ。期待などは微塵もなく、ほんの些細な興味の一つとして。珍しく今日は、朝も早い内から行動していたので、すこしはゆとりなんてものがあったのだろう。僕は、鞄の中に最近とった写真のフィルムと、埃まみれになったその使い捨てカメラを放り込んで、駅前のプリントショップに現像に出しに行った。
夕方になって、その写真を受け取りに再びプリントショップを訪れると、昼間の時とは違う、無愛想な女性店員が、至って事務的に僕の差し出した用紙を処理し、手元の引き出しから、無愛想に紙袋を二つ探しあてた。「写真の確認をお願いします」と彼女は言い、一つの袋を選び、中から1枚目を無表情で取り出して見せた。こういう状況で写真が間違われていた事など経験に無かったし、大体からして、どちらの袋から選びだされるだろう写真にも、大した思い入れがあったわけでは無かったので、僕は端からどんな写真を見せられようと、直ぐに確認した意思を伝えようと思っていた。そして実際その通りに、提示された写真をチラと見ると「大丈夫です」と形式的に答えた。女性店員は全く無駄の無い動きで二つの袋をまとめて、ビニールの手提げ袋にいれると、その一連の作業の代償を要求してきた。僕は、小銭を確認しないで、大きめの紙幣で支払って、釣りを受け取って足早に店を出た。
その後、僕は電車のホームに移動しながら、先程から感じている違和感にゆっくりと思考を巡らせていた。それは、先程無愛想な店員に写真を見せられた時から続いていたものだった。何故だろう。僕は考えた。その一枚目の写真に写っていたのは、これといって写りが良いわけでもない、なんの変哲もない写真だった。被写体は人物、男性だった。僕が一瞬見た限りでは、その男性は座り込んでいて、顔を自らの手で覆っていた。だからその人物をパっとみて特定することは出来なかった。しかし、僕にはある予感があった。一瞬だけ見えた、その人物のシルエットと服装は、直接的に僕の心の中に、ある人物の名前を浮かび上がらせた。僕は電車に乗り込むと、直ぐにその一つの袋、それはつまり今日まで忘れ去られていた、青い使い捨てカメラによるもの、を取り出して、僕の予感を確認してみたのだった。

やはり間違いは無かった。そこに写っていたのは、座り込んで顔を覆い隠している、長谷川俊であった。背景は真っ暗で、そこが何処なのかは分からない。彼は厚手のパーカーを着込んでいて、どうやらそのシーンは、寒い時期に撮影されたようであった。僕にはその一連の写真達が、いつ頃、何の目的で撮られたものなのか、まだ全く分からなかった。そして2枚目の写真にはさらに驚かされることとなった。写っていたのは、また殆ど真っ暗な背景に浮かび上がる、寒そうな二つの横顔、上窪と林雨霖のものであったのだ。
以降の写真3、4枚に目を通す内に、全てははっきりと理解することが出来た。場所は渋谷o-nestだった。撮影されたのは3年前の3月のある日、僕が初めてヴォーカルとしてステージに立った日、林雨霖が日本のライブハウスで初めてドラムを叩いた日、高津大樹と出会ってほんの10日ばかりしかたっていないその日、つまりこのquizmasterが初めてライブを行った日である。
当時としてももう立派な成人としての年齢を迎えていたのにも関わらず、全員が少しあどけない表情で、さらに全ての写真が寒々とした空気を含んだ暗めのトーンで写されていた。この10日程前、僕と上窪と林雨霖の3人で活動していたquizmasterと高津大樹が出会い、そこに大学時代からの友人であった長谷川俊をサポートに迎えて、あまりに急場しのぎな、このバンドのデビューライブに漕ぎ着いたのであった。上窪と林雨霖はその一月前に共にライブを観に行き購入した、ソニックユースのTシャツの上に、上着を羽織っていた。高津は今でもお目にかかる、ギンガムチェックのシャツの上に、灰色のフード付きジャンパーを着ていた。長谷川は前髪を立たせていて、随分と若く、真面目な感じに見えた。僕はといえば、やはり野暮ったい上着と、中途半端な長さの髪をボサっと伸ばしていた。他のいくつかの写真には、そのどうしようも無かったであろうライブをわざわざ観にきてくれた友人達が写されていて、その中には、無邪気な笑顔でピースサインをしている、邑田航平の姿もあった。そして息子の日本での初舞台を観に来た、林雨霖の父親の姿も(といってもわざわざ台湾からではなく、仕事で日本に滞在しているついでではあったが)。
寒さや、この安いカメラが暗い空間を捉えきれなかったせいもあってか、全員が一様に冴えない風貌で、特別なものの何もない、在り来たりな日常の一つとしてそこに存在していた。僕のカメラであったから、当然ライブ本番の風景は一つも写っておらず、リハーサル前後の固い表情と、本番終了後の安堵だけが記録されていた。困難だった過去も、輝かしい未来も感じさせない、ただその夜だけの記憶を、この写真達は3年後の僕の手元に届けに来たのだった。
僕は心地よい電車の揺れの中で不思議な気持ちだった。この写真に写っていた、最初のステージの5人は、ほんの先程まで続いていた今年の夏、台湾で一緒の舞台に上がっているのだ。1人は孤高の弾き語りという形で、1人は台湾最高のロックバンドとして、そして残りはその彼等に助けられながらも浮かんだり沈んだりを繰り返す、quizmasterというしがないロックバンドとして。そして、僕はさらに進む急行電車の中で思う。それはつまり、この始まりの5人の殆どと、別れの選択をしてきたのだということを。長谷川はこの後直ぐに自らの生きるべき道を見つけ、林雨霖とはこの約半年後に離れ、翌年には彼は台湾に帰ることとなる。そして、今年の夏が終わり、高津も僕らとは別の道に歩き出して行く。確実なことは、この写真に切り取られた記憶のあの日、あの夜が無ければ、今ある全てもまた同様に無かったということだ。僕らはこうした一枚一枚の写真全てを重ねた、不安定な塔の頂上に立っていて、今もまた一枚、また一枚とそれを積み上げている。僕らは一瞬たりとも、その過去を疑うべきではないのだ。
quizmasterはこの日から何回ライブをやったことだろう。そして今後、また何回続けていくことが出来るだろう。夏の終わりと同時に、僕らの季節もまた一つ終わったと思っていた。しかし、どうやらそうでは無いのかも知れない。一つ一つは写真達のように、一つ一つ丁寧に終わっていくもので、新しい始まりがその度に僕らの前に現れる、それだけの事だと。
変わる季節の戸惑いが作り出した小さな偶然が、僕にこの写真達を運んできてくれた。忘れ去られていた、あの青い小さな使い捨てカメラは、3年前の3月のあの日から、今日という日に役目を果たす事を望んでいたのかもしれない。僕のiPodは邑田から半ば無理矢理にいれられたローリングストーンズの曲を流しているところだった。やけに明るく光る液晶でタイトルを確認すると、そこにはLet's Spend The Night Togetherと書いてあった。偶然とはいえ出来過ぎた一日のような気がした。
ss

記録12

2006-07-29 03:45

和音

去年の台湾ツアー時の写真を見返した。
あの時僕らは、この幸福な時間がずっと続けばいいと思っていたし、
実際にそうなるとも思っていた。
今になって思えば不思議なものだ。
今日からまた新しい台湾ツアーが始まる。
でも去年と何一つ同じものなんてない。
永続的なものなんて無いんだ。
瞬間瞬間しか、僕らには無いんだ。
僕らはこのツアーで明らかに失う。
そして明らかに得るんだ。
僕はこの夏、台湾で歌う全ての曲を、今まで活動してきたquizmasterのメンバー達に捧げる。
だから、さよならをしよう。
ss

記録11

2006-06-03 17:24

強烈な胡麻と味噌、そしてレモンの酸味

ぼくは恋をしている。
恋をしていると気が付いたときには、もう彼女はいなかった。
しかし彼女は戻ってきた。
だから、ぼくは今むさぼるように恋をしている。

ビレッジバンガードという雑貨とかお菓子とか本を売っているお店がある。
そのお店がやっているハンバーガー屋さんが吉祥寺、井の頭通り沿いにある。
そのハンバーガー屋さんの下に希望軒というラーメン屋さんがある。
以前は希亭というラーメン屋さんがそこにはあって、胡麻味噌つけめんがとてもおいしかった。
いつ行ってもお客さんが少なく、1年もたたないうちに閉店した。
希望軒というのは、とてもこってりした豚骨ラーメンを看板メニューにしているお店だけれど、
昨日ぼくはそこで胡麻味噌坦々麺を食べた。
つけめんは無いのかと店員の男性に聞いた。
そう聞かれることが多いからそのうちまたやるかもしれないと言っていたけれど、
ぼくが今まで希望軒に食べに行って、ぼくの他にお客さんを見たことは無い。
また無くなってしまうとほんとうに困るから、今日も行って胡麻味噌坦々麺食べた。
(たかつ)

記録10

2006-05-20 13:52

こまっつぁん

(彼女は、わたしビートルズに入ればよかったわと言った)
ロックはギターだ
昨日、彼はそう言った。
ギターの可能性がロックだ。
いつもその可能性を引き出そうと、
真摯に向き合い続けることだと言った。
そうしたら誰にもできないことだってできると。
ロックを語るのに1万字もいらないんだよとも言った。
彼はイントロ、バッキング、ソロ、バッキング、
ギターを弾き続けると言った。
(たかつ)